近畿大学通信教育部の卒業ゼミナールin屋久島にて、屋久島おおぞら高等学校 茂木 健一郎校長をお招きし、特別企画のスペシャル対談を行いました。【全3回の1回目】

茂木 健一郎


脳科学者、屋久島おおぞら高等学校校長


1962年東京生まれ。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学理学部、法学部を卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程を修了、理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。「クオリア(意識のなかで立ち上がる、数量化できない微妙な質感)」をキーワードとして、脳と心の関係を探求し続けている。『脳と仮想』(2004年、新潮社)で小林秀雄賞を、『今、ここからすべての場所へ』(2009年、筑摩書房)で桑原武夫学芸賞を受賞。

 

世耕 石弘


近畿大学通信教育部長


1969年奈良県生まれ。大学を卒業後、1992年近畿日本鉄道株式会社に入社。以降、ホテル事業、海外派遣、広報担当を経て、2007年に近畿大学に奉職。入試広報課長、入学センター事務長、広報部長、総務部長、経営戦略本部長を歴任。2018年から通信教育部長となり、現在に至る。


司会:本日は、近畿大学通信教育部の卒業ゼミナール in 屋久島での特別企画として、スペシャル対談をお届けします。近畿大学経営戦略本部長兼通信教育部長の世耕石弘さん、そして、屋久島おおぞら高等学校校長の茂木健一郎先生にお越しいただいております。どうぞよろしくお願いします。


茂木校長(以下、茂木):これまでにも数多くの司会を担当してきましたので、今日は私が進行をお手伝いさせていただきます。まずは、世耕さんから簡単に自己紹介をお願いします。

世耕部長(以下、世耕):私は奈良県に生まれまして現在55歳です。大学を出てから近畿日本鉄道という鉄道会社で広報担当として15年くらい働いていました。その後、縁あって近畿大学で働き始め、広報として主に学生募集に携わってきました。
皆さんもご存じのように、現在、子どもの数が大幅に減少しています。私が生まれた年の出生数は約189万人いたのに対し、2023年は約72万人でした。
こういった環境の中で学生募集を中心に取り組んでいます。さらに縁あって、現在は通信教育部の部長も務めています。授業を直接教えているわけではありませんが、通信教育部の学生募集にも力を入れています。

近畿大学では創設当初から通信教育に力を入れてきました。現在では15学部がありますが、学部が5つしかなかった時代から通信教育を展開しています。


私の祖父が近畿大学を創設した際、すぐに通信教育部も立ち上げました。祖父は貧しい家庭の出身で、高等小学校を卒業してすぐに材木屋で丁稚奉公をしていました。28歳でやっと大学に進学し、そこから様々なチャンスを掴んで国会議員にもなりました。その経験から、学びたい人に学びの場を提供する大学を目指すという強い思いを抱いていました。
特に通信教育部は、多様な環境にある人々に学ぶ機会を提供する場として、祖父の熱い思いから生まれました。その理念を私もしっかりと受け継いでいます。

近畿大学 初代総長 世耕弘一

 


茂木:茂木です。私は脳科学の研究をしています。屋久島おおぞら高校では、2021年4月から校長を務めています。さて、今日は皆さんと一緒に考えてみたいことがあるんですが、皆さんは高校生や大学生として学校に通ってきた中で、あまり大学側、特に世耕さんの視点から大学を見たことはないのではないかと思います。

大人になるにつれて、次第に運営側の視点も持ちながら物事を考え、行動するようになります。そして、それができるようになると、良い社会人になり、仕事も上手にこなせるようになるんです。

 

今日は、世耕さんに色々とお話を伺いたいと思います。実は、私はインタビュアーとしての活動も多く、以前NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」でキャスターを務めていました。今は、PIVOTの「EXTREME SCIENCE」という科学番組や、「IMAGINE大学」というデザインとアートの番組でインタビューをしています。さらに、「Dream Heart」というラジオ番組を10年間続けているんですが、こうしてインタビューを続けてきた実績があります。


近畿大学とマグロ

茂木:まず、近畿大学といえばマグロで有名ですが、その歴史について教えていただけますか?

 

世耕:そうですね。近畿大学の水産研究所は特に有名で、マグロの完全養殖に成功したことが大きな成果です。
この研究は1970年に始まり、2002年に成功するまで、実に32年もの時間を要しました。

設置当初の近畿大学白浜臨界実験所
(現水産研究所)

茂木:非常に長期にわたる研究ですね。

 

世耕:普通の大学だったら、その時の総長が「やれ」って言っても、次の総長に変わった時に「こんな採算が合わないかもしれないものは、やめちゃえ」って話になると思うんですけど、初代の総長が「これからまた食料難が来るだろうし、日本は農地が狭いけど、海岸線は世界で6番目に長い国だから、そのリソースを活かして海を耕そう」って号令をかけて、水産業を始めたんです。
今もその理念がちゃんと受け継がれています。

 


茂木:実は、屋久島おおぞら高校もブランドやイメージの問題について、僕も校長として色々と考えるところがあります。近畿大学は、関西では学生数が一番多いマンモス大学ですね。近畿大学のイメージ戦略や、それに関連するお仕事について、少しお話を伺ってもいいですか?


世耕:学校を選ぶ際に重要なのは「認知」です。どんな仕事でも、認知されることは絶対に必要です。

 

茂木:確かに、名前が知られなければ話になりませんね。

 

世耕:昔はインターネットがなかったので、本を数冊買って順番にページをめくりながら「茂木さんが校長を務めている学校はこういうところなんだ」とか「こんな学校もあるんだな」と調べていました。でも、今はインターネットで直接検索しますよね?

 

茂木:そうですね。

世耕:家族や周りの人に「ああ、近大ね」と知ってもらえることが、皆にとって幸せにつながるんです。だからこそ、知名度を上げることに力を注いでいます。とはいえ、全国的にCMを大量に流すわけではなく、1枚のポスターにも全力を注いでいます。今の時代、紙のポスターでもスマホで撮影されて拡散されるので、大阪ではあまり話題になっていなくても、全国で話題になることに気づきました。
皆が「デジタルだ、デジタルだ」と言ってネット広告に注力していますが、私たちは紙の広告にも力を入れています。紙の広告を見た人が拡散してくれることを狙って、徹底的に広げる工夫をしています。
ただ、京都や東京、神戸の大学のように上品に見せるやり方は取りません。ここは大阪、しかも東大阪。中小企業の血と汗と涙の町ですから、他の大学が賢そうに見せたり、おしゃれに見せたりするのではなく、大阪らしい、近大らしさを前面に出しています。私のモットーは、「世の中で最低なのは、アホなのに賢いふりをすること。」そして、一番素晴らしい人は、賢いのにアホなふりをするんです。

茂木:そうやって、自分たちは大阪、しかも東大阪だと堂々と打ち出していますよね。
それって少し勇気が必要だと思います。大抵の大学は「国際」や「教養」「情報」といった、それらしい名前をつけて、賢そうに見せたり、クールなイメージを打ち出したりしていますが、近大はそういったことをしてこなかったんですよね。


世耕:昔は、どこの大学か一見わからないような広告も出していましたが、今ではもうバーンと見たら「近大」だとわかるようにしています。

茂木:君たちはまだ知らないかもしれないけれど、近大マグロはやはりすごいですよね。近畿大学のブランドイメージを上げるためには非常に画期的な成果で、研究的には不可能と言われていたことを成し遂げました。どのようなプロセスで、あれを近大のシンボル、つまりブランドとして使おうという話になったのでしょうか?

世耕:近畿大学の基本理念は「実学教育」です。大学が設立された当初、財政的に厳しかったため、研究で利益を上げ、その利益を次の研究に投資するモデルを考えました。これが我々の実学教育の精神です。マグロの研究も、最初の30年間はほとんど国からの資金援助がなく、その間に真鯛やシマアジ、ヒラメなどの養殖に成功し、その利益をマグロの研究に投じました。

 

茂木:ちょっと今いい話聞いたんだけど。

 

世耕:そうなんです。国からほとんどお金もらえず。


茂木:つまり、ほとんど自力で研究を進めていたということですね。


世耕:そうなんです。そして、32年というのは、誰か一人の優秀な研究者だけではなく、何代にもわたって続いてきたというところも重要なんです。

 

茂木:組織の力ですよね。

 

世耕:その理念があった上で、私たちは魚を実際に「作った」のです。通常、大学の研究では作成方法を論文にまとめれば終わりですが、私たちはそこで終わらず、それを市場で売れるようにしました。つまり、市場の人々に「美味しい」と認めてもらえる品質まで作り上げる必要がありました。

 

茂木:確かに、マグロに対する消費者の目は厳しいですし、その中で競争にも勝たなければなりません。完全養殖は本当にすごいですね。確かにマグロを巡る消費者の目というのは厳しいし、そこの中で競争に勝たなくちゃいけないとかっていうのもあるし。完全養殖ですよね?

世耕:完全養殖です。


茂木:どこが1番難しかったんですか?


世耕:稚魚が生き残る確率は、年末ジャンボ宝くじの1等に当たる確率と同じくらい低いんです。つまり、何千万分の一の確率しかないんですよ。


茂木:なんでそんなに生き残らないんですか?

水産研究所内の養殖場


世耕:元々自然界で、どこで生まれたかわからないものをまず卵を産ませて、育てていくんですけど。例えば、ある朝起きたら全部激突して死んでいたことがあって、「なんでだろう」と考えたら、生け簀が四角だったから、丸くしたらもっと上手くいくんじゃないかと。そういう積み重ねで、こう32年かかっているわけなんです。

海中からみた養殖場のマグロたち

茂木:成魚があれほど大きく、稚魚がこんなにも小さいですからね。近大マグロという名前が有名ですが、科学技術の進歩を象徴しています。非常に難しい挑戦の結果です。だからこそ、大学の総合力を示すための素晴らしい例だと思います。

 

世耕:はい、そうですし、おそらく他の大学ではできなかったと思います。30年間もかけて成果が出ない上に、莫大な費用がかかる中で、作った魚を市場に出して売るということまでやり遂げるのは、他の大学の研究者には難しかったのではないでしょうか。しかし、我々の研究者たちはそこまで含めて取り組んできました。

 


 

だから、単にマグロの研究が成功したというだけではなく、これは近畿大学の精神を最も象徴する成果であり、それを世の中に広く紹介しています。

 

茂木:これも参考になると思うのでお話しします。知人のアートディレクターがいるのですが、彼は様々なヒット商品を手掛けてきました。彼が若い頃は、とてもカッコつけていたそうです。世耕さんが言っていたように、「賢くないのに賢いふりをする」感じですね。でもそれが全然上手くいかず、先輩に「なんでそんなにカッコつけているんだ」と言われたそうです。その時、彼が気づいたのは、広告とはただの包み紙を作ることではなく、余計なものを取り除いて商品やサービスの本質を見せることだということでした。それ以降、彼は数々のヒットを生み出すことができたのです。近大マグロも同様に、単なる包み紙を作ったわけではなくて。近畿大学という大学の本質を、マグロを通じて表現していますよね。

世耕:他にも面白い研究はたくさんありますが、一代限りの先生がぱっとやった研究というのは、我々がそれを伝えていても、学生にはあまり響かないことがあります。しかし、マグロの研究に関しては自信を持って言えます。これは近畿大学の実績であり、大学の理念から生まれたものです。そして、入学してきた学生たちもこの成功モデルを参考にして、それぞれの分野で成功してほしいと考えています。

茂木:近畿大学の話に関連して、私からは屋久島おおぞら高校の現状について少しお話ししたいと思います。生徒数は増加しており、隈研吾さんによる新校舎も建設予定です。卒業生が多いと優秀な生徒が集まりますが、優秀な先生を集めるのは難しいこともあります。しかし、おおぞら高校には良い生徒が多く、多様なプログラムがあるので、先生たちも様々な経験を積むことができ、その結果、優秀な先生が少しずつ集まり始めています。ただ、通信制高校のイメージがまだ固まっていないという課題もあります。友人にも「お前、あおぞら高校の校長だろ?」と間違えられることが多く、知名度が不足している点は改善の余地があると感じています。近畿大学は非常に成功していますが、現在抱えている課題について、世耕さんのお考えをお聞かせください。

 

世耕:うーん、我々も終わりのない戦いっていうか、人口ですね。

 

茂木:ああ、18歳人口が減ってるから。

 

世耕:例えば、東大も同じだと思うのですが、昔は200万人いた中から選抜されるのが、1学年で約3,000人でした。その3,000人と、今の100万人しかいない中から選抜される3,000人の学力の基準は全く異なってきます。
昔は人口が増え続けていたので、10年前に行っていたことを続けるだけで学生数も自然に増えていましたが、今では通用しなくなっています。どんどん新しいことに挑戦しなければならない。昔の成功体験はどうでもいいんですよ。

 

茂木:あ、どうでもいいんですか?!


世耕:よく「俺たちの時代はこうだった」とおっしゃる先輩方がいますが、その頃は200万人いました。今は100万人しかいないんです。

 

茂木:なるほど。もう昔のやり方は通用しないんですね。

 

世耕:10年前のやり方は、今では全く通用しません。それが大きな課題で、これは近畿大学だけでなく、日本中の大学が直面している問題です。

 

茂木:どの大学もそうですね。でも、その中で近大は勝ち組ですよね。

 

世耕:ありがとうございます。今のところは勝っていますが、「勝ち組」と言い続けてもらうためにはもっと努力を続けないといけません。だからこそ逆に面白い部分もあります。